村中直人さんのtweetを見て思い出した。
息子が中学生の時、部活で虐めにあっていたのを見過ごせなかった友人のお母さんが、学校へ相談に行ってくれたことがあった。
結果は「社会に出たらこんなことは沢山ある。それに本人からの訴えがなければどうすることもできません。」そう言われた・・・と報告を受けたことがある。
私も友人のお母さんもその時は納得…
そして息子には、
もっと強く
もっと努力
そんな関わりに拍車をかけてしまっていた。
以下、村中直人さんのTweetとブログを引用
例えば、「スポーツや習い事の指導者による暴言や体罰、または上級生によるいじめにも近いしごき」「学校における過剰な校則や校則違反への過度な罰則、頑張ることが目的の意味のない反復課題」など、子どもたちからすると理不尽でしかない扱いが、「将来のために我慢する力を養う」という全くエビデンスに基づかない不適切な理由で放置されてしまっている。
目的と手段を間違えてしまっているので逆効果の結果を生み出してしまうリスクが高い考え方です。
大人から子どもに与えられる「理不尽への我慢の強要」が子どもにとって「非随伴的なストレス刺激」そのものであることがご理解いただけるかと思います。
こういった他者から強制的に与えられる拘束は「学習性無力感」と呼ばれる現象を生み出してしまうことが知られています。学習性無力感とは、「何をしても無駄だ」「何を行っても意味がない」と強く刷り込まれてしまい、適切な逃避行動や努力行動が一切できなくなる状況を指します。
問題なのは、この「学習性無力感」という状態が見た目上「我慢できるようなった」というふうに見えてしまうところにあります。ですがその心理状態は全く違います。一方的に与えられる我慢の強要がうみだすのは「諦め」であって、「忍耐」ではないのです。
これには個人差がありますし、個々の状況によっては起こらない場合や、学習性無力感の一歩手前で踏みとどまれるようなケースも起きます。そしてそういうケースの場合、その当事者はその苦しかった経験によって「強くなれた」と感じることもあるでしょう。
社会は一握りの「成功者」の為だけに最適化されてしまう傾向があるからです。
社会に出たら理不尽な事が多いから子どものうちに「我慢」「受け流す」力を身につけさせておく必要があるという考え方。
保護者や教育、支援者でそう考えている人がまだいらっしゃるなら
考え方をアップデートされることを強く強くお勧めします。
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