自分がされて嫌なことを相手にしてはいけないってよく言うけれど
相手が嫌がる事をしない・・・だと思う
嫌だ!と思うことは人によって違う
努力で片付けられないこともある
だから自分以外の人が嫌だと思ってないことでも
自分が嫌なら「嫌だ!」とはっきり言っていいんだよ
多様性が尊重されるってそういうこと
「嫌なことやしてほしいことは人によって違う」
具体的に言うなら、「自分がしてほしくないことが、相手にとってしてほしいことである可能性」または、「嫌だと思うから何もしないこと」が相手にとってはして欲しくないことの場合もあり得る。
そう考えると、「自分が嫌なことを相手にしない」を必死で守っているのに、全くうまくいかないということが起こってしまう。そしてこの状況は「嫌だ」と思うことが違っている人同士であればあるほど顕著になる。
「自分がされて嫌なことを相手にしてはいけない」と教えることは最低限であって全てではない。教育や考え方が進歩していくのはすばらしいけれど、大切なのは教えられたことが全てではないということを教えること。そうすることで思考はストップすることなく成長していくのではと思う。
ありふれた日常の生活の中にも、様々な前提が存在していて、その前提の存在に敏感になること、そしてより多くの人が生きやすい社会となるために「発想や考え方をアップデート」をしていくことがとても大切。
違いを無視してないものとして社会を作るのか、その違いと向き合って社会を変えていくのか・・・
もちろん、「嫌だ」と言ったからといって、つねにその気持ちが通るとは限らないし、人が生きていく上で、ままならないことも多いことも確かだけど、互いに係わり合いながら何が嫌で何を好むのかを、先入観なしにお互いを理解しようとすることは「多様性を尊重出来る社会の実現」の基本だと感じる。
村中直人さんのブログを参照
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